研究環境の整備


 フランスに来ると日本における研究の方法がそのままでは通用しなくなることが多い。以下の点に注意した上で、自分なりの研究スタイルを編み出していく必要がある。
 
1 研究の場の確保

大学の中に自分の研究室や本棚を与えられることはまずない。研究の本拠をどこに置くかは、極めて重要な問題となる。
─ 自分の部屋の場合、周りが静かであるか、隣の音が響かないかどうか、などの条件をチェックする必要がある。
─ 図書館である場合、自宅から図書館までの通学に時間がかかりすぎないよう、自宅を選ぶ必要がある。単に時間の節約のためではなく、辞書・コンピューター・書籍・カード等を毎日運び、混み合ったバスや地下鉄を往復するのは、大変な体力の消費になるからだ。さらに図書館に入るために数十分並ばなければならないと、勉強を開始するまでに疲れ切ってしまう。
パリでは、図書館等のインフラに比べ学生の絶対数が多いため、快適な研究の場を確保することは容易ではないことを、予め考慮して部屋を選ぶ必要がある。
 
・図書館

社会科学系の最も基本的な図書館として、以下のものが挙げられるだろう。

・Bibliotheque Nationale
Quai Francois Mauriac 75706 Cedex 13
二層に別れ、一般閲覧者用と研究者用がある。どちらも入るためには当日券、もしくは1年の利用券の購入が必要。年間150FF。研究者用の層にアクセスするためには、教授レベルのAttestationが必要。

一般閲覧者用の層は、基本的に開架で、席も自由に選べる。基本書はここだけで十分そろう。日曜午後には入室のために並ばなければならないことがある。コピー自由。

研究者用の層は、開架と閉架がある。席はカードによって予約する。閉架の書籍も席番号を用いて、前日までにコンピューターにて予約する。夏の一時期以外は、混雑しないのが良い。コピーは著作権のあるものは10%まで、それ以前のものは40ページまでの制限があり、係の人に依頼して行う。見開きのコピーは不可(見開き=2ページと計算する)。1ページ2フラン。

フランスでも新しいBNの評判は惨憺たるものだが、資料がそろうこと、コンピューターでの情報のプリントが自由であること、静かなことが良い。ただしシステムが複雑なので、慣れるまで時間がかかる。

・Bibliotheque de Fondation Nationale des Sciences Politiques
27-30, rue Saint-Guillaume 75337
Institut des Sciences Politiquesの図書館。年会費500FF、学生証が必要。コンピューターでの検索と、カードさえあれば学生以外でも本の借り出しができるところが良い(後者は、きわめて貴重なことである)。本も比較的そろっている。

・Bibliotheque Sainte Genevieve
10, Place du Pantheon 75005
写真の持参のみで、誰でも登録可能なところが良い。席はカードで予約して入る。開架と閉架があるが、借り出しは不可。コピー可。平日午後は入館に並ばなければならないことが多い。

・Bibliotheque de la Sorbonne
47, rue des Ecoles 75005
パリ大(1,3,4,5,7)関係者、修士以上の研究者に利用は限られる。

・Bibliotheque Cujas
2, rue Cujas 75005
法学・経済学・政治学系。主要な大学のTheseの検索・閲覧はここでできる。最新型のコピー機が使用できるところがよい。

・Bibliotheque Publique d'Information dans Centre Georges Pompidou
19, rue du Renard 75004
誰でも自由に入館できること、夜10時まで開いていることが良い。ただsecurityには若干問題がある。基本書の開架のみ。なお2000年1月まで改装工事のため閉鎖。

・Bibliotheque de la Cite Universitaire de Paris
7, bd Jourdan 75014
Citeの入居者以外は年間150 FFかかる。だが、コンピューター用のプラグが各人の席にあること、夜10時まで開いていること、他図書館との相互利用ができるところが良い。


 図書館を勉強場所とする場合、毎日そこに足を運ぶための時間を考慮に入れる必要がある。幾つかの線の乗り換えを含むことになるとかなり時間がかかる。BNは6番線(Quai de la Gare)、Sciences Poは10番線(Sevres-Babylone)か4番線(St German-des-Pres)か12番線(Rue du Bac)、Saint-GenevieveとSorbonneはRER線(St-Michel)が最寄りとなり、その沿線に部屋を選ぶのも一つの手だ。

 Sciences Poなど一部を除くと、本の貸し出しはできないか、極めて限定される。また、BNを除いてコピーは1枚1フラン、A4のみであり、拡大・縮小機能は普通ついていない。他方本のサイズは見開きA4で収まるものは少なく、千差万別である。ここから、コピーのテクニックも必要になってくる。またコピー機の数が限られており、しばしば人が並んでいる。また機械が壊れていることもたびたびある。したがって、コピーを取るのには手間も時間もかかることになる。このように、資料集めには一定の時間がかかることを、予め覚悟しておく必要がある。

 BNおよびBPIは土日の午後、Saint-Genevieveは平日午後など、図書館に入館するために30分から数時間待たなければならない場合がしばしばある。また入館後も1時間から1時間半以上席を外した場合、自動的に席が他の人に渡るシステムになっていることがある。さらに、特にBNはストライキやコンピューターの故障でしばしば休館となることがあり、頻繁な情報のチェックが必要である。このように、図書館を利用する場合、さまざまな条件を考慮に入れた上で利用しなければ、大きな時間のロスにつながる危険がある。
 

2 資料の管理

 日本で言う「大学カード」つまりB6タイプのカードはこちらではほとんど見かけない。またカードボックスも見かけない。カードによって情報整理を行ってきた場合は、そのままのシステムを用いることはできないので、何か別の方法を考える必要がある。
コピーした資料はA4しか存在しない。ファイルや封筒も、A4型に統一されている。ファイルは二穴もしくは四穴型のものが中心で、日本ほど多様なファイリングのシステムは用意されていない。

 BNの書籍探索システム以外では、一部のパリ大学間で提携された綜合探索システムが存在するのみで、日本のWEBCATのように全国の大学を横断した探索システムは存在していない。またSciences Poのように、新しい本のみがコンピューター検索でき、古いものはカードで検索しなければならない場合もある。このように、フランスの図書館は総じて情報化が遅れている印象がある。自分のコンピューターを用いて、検索後の情報をそのままコピーしてコンピューター内に保存するといった方法は、こちらではあまり期待できない。結局のところ、書誌情報は手書きで写すかプリントしたものを、さらにカード化する、もしくは自分のコンピューターに打ち直す、ということになるだろう。
 
3 インターネット

 現時点での代表的なプロバイダーは以下の通り。

・AOL:3ヶ月の無料試用期間。月額無制限使用で95FF。市内通話料別。ソフトが重いことが難だが、世界最大ということで信頼はできる。

・Club-Internet:3ヶ月の無料試用期間。月額無制限使用で77FF。市内通話料別。アクセスポイントの数も十分。

・Wanadoo:フランステレコム主催で信頼できる。2ヶ月の無料試用期間。月額無制限使用で75FF。市内通話料別。

 以上は雑誌等でインストール用CD-ROMを手に入れることができる。その他Freemail, World Onlineなど無料のプロバイダーもでているが、国内アクセスポイントの数等で信頼がおけるかどうか未確認。日本のコンピューターにインストールする場合、インストールされたソフトとは別の日本語ソフトが誤って起動され、うまく接続されないことがある。TCP/PPPやリモートアクセスの日本語ソフトが起動しないよう設定してから、接続しなおす必要がある。

 ところで、学術研究に使えるレベルのホームページは、日本よりもさらに少ないという印象がある。ただし各図書館の検索ページは有効に使える。例えばBNのHPは書籍検索に便利である。またALAPAGE等のインターネットブックストアは、手に入る書籍を調べることができて便利である。さらに、国立図書館で進められている電子テクスト化のプロジェクト「Gallica」は、今や19世紀研究に不可欠のものとなった。著名なテクストのみならず、入手困難な雑誌論文の類いも、次々とウェブ上での入手が可能となっている。

 日本語環境のe-mailについては、フランスのプロバイダに登録して接続した後、メイル用のソフトを起動させて日本のアクセスポイントにつなげることで、ローカルな通話料のみで使用することができる。なおフランスでのe-mailの普及率は数%、大学生に限ってみても日本よりさらに普及率が低いようである。コンピューターの所持率も、一般の大学生は日本の学生よりも低い。ただし貸し出し等の制度が整備されているようである。
 
4 コンピューター

 研究者レベルになれば、ほとんどの人がコンピューターを使っている。あまり使いやすいカードシステムが見当たらないこと、貸し出しが限定され本の内容を書き写す場合もあり、コンピューターを使うことは研究に必須になってくると思われる。

 コンピューターの値段は日本とフランスであまり変わらない。一部の部品は日本の方が安い。将来日本で使うことを考えるなら、日本で買っておく方が良いと思われる。

 ただし、デスクトップ型パソコンは、輸送の際に壊れる危険がある。船便でも航空便でも、決して丁寧な輸送法ではないからである。例えば自分が運んだデスクトップパソコンは、梱包した箱、内部の発砲スチロールとも形が崩れ、きわめて危険な状態で運ばれてきた。手持ちで運べるノートブック型を持っていく方が、安全ではないかと思われる。

 なお電圧は日本とフランスで異なるが、PCの場合は変圧器を用いて、マックの場合は内部に付属している変圧器をそのまま用いて、問題ない。プラグの形が異なるが、両者を接続するためのプラグは200〜300円程度でどこでも手に入る。